コルリクワガタは、体長1cm前後のとても小さなクワガタムシです。山の雪がようやく消えかかる、5月下旬から6月上旬にかけてのほんの1週間ほどが、成虫の活動期です。今年もまた尾瀬の近く、福島県の檜枝岐村(ひのえまたむら)の標高1200mを越える林道を訪ねてみました。
ブナの新芽にもぐりこんで交尾しているコルリクワガタです。
大きさ、色、形にいたるまでクワガタムシのイメージと大きくかけ離れていますが、L字型をした触角は、たしかにクワガタムシの特徴を示しています。
今日、観察する場所はこんなところです。
林道の左側には高さ50cmから2メートルほどのブナの幼木がたくさん生えています。よく晴れた昼、気温が上昇すると、これら幼木の新芽にコルリクワガタが飛来します。条件がそろったときには、数百頭ものコルリクワガタの乱舞が見られるそうです。はたして今日は、幻の大乱舞を見られるでしょうか。
一日がかりの長い観察にそなえてイスも用意しました。イスの上あたりにブナの新芽がたくさん見えていますね。
早朝から待ち続けて、ようやく午前11時、気温も23℃を超えたころ、ついに来ました! オスのコルリクワガタです。
さかんに枝の上を歩き回っています。メスを探しているのでしょう。よく見ると、オスはすべての枝を隅から隅まで徹底的に歩き尽くして、歩き残すということがありません。メスがいるかもしれない新芽を、ひとつひとつシラミツブシに確かめているようです。
枯れた枝の先まで調べ尽くすと、つぎの枝を求めて飛び立ちました。コルリクワガタは、とても身軽に飛び回ります。こんなところも、ふつうのクワガタムシとはずいぶん違っていますね。
飛び立ったオスは、ほどなく2mを超える高い枝にとまりました。さっそくシラミツブシ作戦のスタートです。すべての新芽を片っ端から確かめていきます。
こんどはうまくいきました。一本の新芽にメスがいたのです。こころなしか足どりも軽やかにみえます。
12時を過ぎると気温が25℃を超え、コルリクワガタの飛翔も活発になりました。
一頭のメスが、低い枝に舞い降り、枝先の新芽に潜り込もうとします。けれども、この新芽はどうやら開き過ぎていたようです。いろいろな向きから潜りこもうと試みましたが、結局あきらめてつぎの新芽に向かいました。
つぎにメスの訪れた新芽は、固く閉じているものでした。メスはこじ開けるようにして、新芽の中に潜り込んでいきます。こんどはメスも満足したようです。
メスが新芽に潜り込んで1分もしないうちに、オスが飛来しました。オスはメスのまわりをぐるぐると歩き回ります。どこから潜り込もうか探っているようです。
オスが潜り込んで、いよいよ交尾が始まりました。
こちらは、また別のペアです。この新芽も開き過ぎのようで、メスが潜り込もうかどうしようかと決めかねているうちに、オスがやってきてしまいました。
オスはすばやくメスに近づくと交尾し始めました。
しかし、メスにとってこの場所は少々居心地が悪かったようです。なんと交尾したままオスを背中に乗せて移動を開始しました。
どうやらメスは、新芽にはさみ込まれるような状態を好むようです。新芽にはさまれて包み込まれないと落ち着くことができず、このように交尾中であろうとも、心地よい新芽をもとめて歩き回るようです。
1mほども移動したでしょうか、突然後ろから1頭のオスがやってきてメスを奪おうとしました。交尾中のオスもすかさず向きを変えて応戦、激しいバトルが始まりました。
小さいとはいえ、さすがはクワガタです。大あごをかみあわせ、力のかぎり敵を振り落とそうとする様は迫力満点! ノコギリクワガタやミヤマクワガタのバトルを彷彿とさせる瞬間です。
とうとう後から来たオスが、力まかせに交尾中のオスをメスから引き剥がしてしまいました。メスは立ち去ってしまいましたが、オスたちの戦いはやみません。1分ほどももみ合っていたでしょうか、ふいに2頭とも地面に落下してしまいました。
交尾を中断されたメスは、別の枝先に登ると新たな出会いを求めて飛び立っていきました。オスに比べて太いおなかが、いかにもメスらしいですね。
落下したオスは、おどろいたようにバタバタと地面を歩き回ります。しかし、貴重な時間を無駄にはできません。こちらも気を取り直して飛び立ちました。
午後2時過ぎ、小さな新芽の上で交尾しているペアを見つけました。さっそく、おじゃま虫登場です。
期待どおり、戦いが始まりました。
このバトルもすごい! 大あごのきしむ音、はじける音が聞こえてくるような激しさです。(もちろん、小さすぎて聞こえはしません) そして結果は…
なんとメスも含めて3頭とも下に落ちてしまいました。
こう見てくると、コルリクワガタは見かけによらず、かなり気性の激しい、好戦的なクワガタのように思えます。
次の写真は、偶然2頭のオスが左右から出くわしたところです。すわバトルか、と思いきや、何事もなくすれ違っていきました。右から来たオスが、左からきたオスを乗り越えていったのですが、2頭ともまったく無関心でした。どうやら激しいバトルは、メスが近くにいるときに限られるようです。根はやさしいクワガタムシなのかもしれませんね。
さて、こちらはメスを求めてシラミツブシ作戦実行中のオスです。オスは、この新芽に足をとめると、新芽にもぐりこむような動きをみせたりして、なかなか立ち去りません。じつはこの新芽、つい1時間ほど前に交尾中のペアがもぐりこんでいたのです。このオスはその時のメスのにおいを感知したのでしょう。よほど未練があるらしく、5分近くもうろうろしていました。
午後4時をすぎ、陽が傾くと冷たい風が吹き始めます。温度計をみると気温は15℃まで下がっていました。コルリクワガタの飛翔する姿は、もうどこにも見当たりません。
あきらめかけたとき、もう一度枝先をよく見ると、一頭のメスがさかんに歩き回っていました。このメスは、なんとこれから1時間以上も枝から枝へと歩き回り、居心地の良い新芽を探し続けたのです。メスがようやく落ち着いたのは午後5時20分、もうオスの訪れる気配は全くありません。今夜は、この新芽の中で過ごすのでしょう。
他にも新芽にもぐり込んだメスがいないか、探してみると…、やはりいました。かすかにお尻がみえています。これもメスに違いありません。
夜、11時。真夜中の林道は静寂に包まれています。夕方、新芽にもぐり込んだメスたちは、どうしているでしょうか。
いました。
数時間前に見たままの姿でじっとしています。ライトを照らして、あらためて探してみると、交尾中のペアを見つけることができました。気温は6℃、標高1200mの冷え込みとしては、おどろくほどではありませんが、コルリクワガタは冷え固まって動く気配はありません。
コルリクワガタの1日は、私たち人間の1か月あるいは1年にも匹敵するのでしょうか。小さなコルリクワガタたちの濃密な1日を想いつつ、山を下ることにしました。